UCM解析

その2:冗長性(じょうちょうせい)ってなんだろう?


Y田研究員:さて、今回は冗長性の話。「冗長」っていうのは「余分」とか「余計」とか「必要以上」っていうような意味なんだけど、今からの話に関して言うと、最終的に制御したい変数より直接制御できる変数の数の方が多いという状態のことなんだ。

S銀研究員:ややこやしいですね。

Y:ほんとにね。例えば、自動車は1つのハンドル向き(直接制御できる変数)と進行方向の角度(制御したい変数)というものが一対一に対応してる。このような状態というのは冗長性がないわけですよ。でも、もし仮にハンドルが2つあってね、両方のハンドルの回転角の合計で進行方向が決まるような車があったとしたら、これは冗長ということになる。冗長でやっかいなのは、正解が1つではなく、たくさんの答えが出てくる点。例えば右に20度の方向に向かうために、2つとも右に10度分づつ回してもいいし、1つは右に25度分、もう1つは左に5度でもよかったり。

S:なるほど。答えに無数の組み合わせが考えられるということですね?

Y:人間の腕を考えてみると、「手先の位置」が最終的に制御したいものだったとするね。手先の位置を決めるためには、腕の関節を動かさなくちゃいけない。ところで、腕には関節がたくさんある。3次元空間内での手先の位置が3つの変数(縦・横・高さ)で決まるのに対して、肩や肘、手首といった関節の(自由度の)数は3つよりもっと多いよね(少なく数えても7つ)。この場合、手先の位置を決めるのに腕の形は一通りではなく、無数にあるということになる。

Y:中学校で連立方程式を習うでしょ。最初やるのは、変数がxとyの2つで、方程式も同じく2つ。これは普通、解ける。でも、もし変数が2つなのに式が3つあれば普通は解けないし、式が1つしかなかったら、答えが1つに決まらない。変数の数と、それを解く方程式の数の違いはすごく大事。おおざっぱに言って、変数と式の数が同じ問題を「良設定問題(well-posed problem)」、違う問題を「不良設定問題(ill-posed problem)」って言うんだ。

S:ふむふむ。

Y:不良設定問題の場合は、条件の数によって答えがなかったり、逆に無数にあったりしてしまう。答えがない場合は目標が実現できないし、無数にある場合はどれを選ぶかが問題になってしまう。この、ひとつの目標値を実現するための答えがたくさんあるようなシステムを冗長なシステムと言うんだよ。

S:なるほどー。

Y:生物の運動はこの冗長性だらけ。いま言った、手先位置を決めるための関節角度の組み合わせはたくさんあるし、一つの関節を動かすための筋肉もたくさんある。さらに言えば、ひとつの筋肉に繋がる神経線維もたくさんあって、どの運動単位を動かすか、なんていうのもたくさんの答えがあるかもしれない。

S:冗長性ってそこらじゅうにあるんですね。

Y:じゃあ、冗長性は良いのか、悪いのか? 制御の観点からみるとやっかいなもの。だから、人間が作る道具や機械はなるべく冗長にならないように作るんだ。一方、冗長性の良い面もあるんだよ。例えば目標値以外を制御できることとか。

S:目標値以外を制御?ですか??

Y:例えば、1つの関節に必ず2つ以上の筋肉がついてることで、関節の曲げ伸ばしの力(トルク)以外に関節の「硬さ」も制御できるんだ。位置を決めるだけでなく、そこでふんばらないといけないときは、相対する筋肉の筋活動を同時に高めて、関節を硬くして簡単に動かないようにすることができる。逆に、筋活動を弱めて関節を柔らかくしておけば、何かに当たってもケガしにくいかもしれない。

S:「手先の位置」という目標の変数と同時に、「関節の硬さ」という目標以外の変数も同時に制御できるってことなんですね。

Y:そういうこと。さっきのハンドルが2つある車の例でいえば、もし2つのハンドルで前輪と後輪の向きを別々に変えられるような仕組みになっていたとしたら、単に「車の向きを変える」だけでなく、「その場で回転する」とか、「斜めに平行移動する」とか他の事ができるかもしれない。うまく使えば車庫入れとか縦列駐車は楽勝かもね。これは考え方によっては、最終的に制御したい変数が他にもあって、もともと冗長でなかったと考えることもできる。

Y:さらに別の観点でも良い面がある。それは、ある要素が使えなくなっても、他の要素を使って制御できるってこと。例えば、肘を曲げる筋肉は3つある。どれか一つが働かなくなっても、ほかの2つで肘を曲げることができる。障害が生じたときの補欠、補償といった意味。

S:リハビリではそれはけっこう大事な一面ですね。

Y:それからさらにもう一つ。さっき冗長性は制御にとってやっかいだと言ったけど、実は制御にとってもメリットがあるという考え方もあるんだ。

S:あれれ?

Y:ここからが大事なんだけど、長くなりそうだからこの話の続きはまた次回。


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