UCM解析

その3:冗長性を活かした制御って?


S銀研究員:冗長性は制御にとってもメリットがあるって、どういうことですか?

Y田研究員:それを説明するのに、ペンシルバニア州立大のラタッシュ(Latash)先生は面白い例えをしているよ。100人の団員のオーケストラがあって、全体の音の大きさを100デシベルにしたいとする。普通は各楽器の音量バランスとかあるけど、今はとにかく、全体の音量だけが問題だとするね。指揮者は団員ひとりひとりに「君の音量はこれくらいね」「あなたはパワーあるからこれくらい」と指示する方法もありえる。一方、全員に対して「音が小さすぎたらちょっと大きめに、大きすぎたら小さめに弾いて」という指示もありえる...っていうか、こっちが普通だよね。前者だと、一人の狂いが全体の狂いにつながるのに対して、後者の場合には、誰かが具合悪くなって欠席した場合でも機能できる。

 ソリストのミスは命取りだけど、合奏だとカバーしあえる。つまり、変数が余っていることを逆手にとって、制御の精度を上げることができるわけですよ。

S:なるほどー。

Y:余談だけれど、大学1年のとき、1年間だけオーケストラに在籍して、人手不足だったから初心者のまま定期演奏会の舞台に上がったことがあるんだ。どうしても弾けない難しいフレーズがあって、そこをどうしようかと先輩に相談したら、「しょうがないからボーイングだけ合わせとけ」っていうわけ。ボーイングっていうは、弦楽器の弓の往復運動のことね。つまり、弓の動きだけ合わせて、弾いてるふりをするけど音は出さない。その分は、他のメンバーががんばる。まさに上の例の実話版を体験したわけですよ。

S:あまり自慢できる体験では無いような...。

Y:冗長性って日本語も、対応する英語の"redundancy"も「過剰なもの」とか「余計なもの」なんていうあまり良くない意味があるんだけど、実は悪いことばかりでもない。ラタッシュ先生は自分の本(ページ末に紹介)の中でredundancyという言葉は良くないので、代わりに"abundancy"という言葉を使ったらどうかと言っている。無理に日本語にすれば「豊富性」ぐらいの感じかな。生物の運動は機械と違って冗長性に満ちているわけだけれど、冗長性が単なる悪者なら、進化の過程で消えていきそうなもんでしょ。冗長性は制御にとって有効に作用するからこそ、生物はこれをうまく生かして進化の過程で生き残ってきたという考え方もあるわけ。

S:確かに。いらないものなら退化しててもおかしくないですもんね。

Y:オーケストラの話に戻るけど、個々の団員の出す音の大きさは毎回異なるかもしれないよね。でも全体量としてはうまく調節されている。制御対象のばらつきが小さいのに、制御に必要な下位項目のばらつきは割合大きい。こんな問題に最初に気づいたのはロシアのベルンシュタイン(Bernstein)、英語読みだとバーンシュタインという人で、有名な鍛冶屋の例というのがあるんだ。

S:鍛冶屋ですか?刀を鍛える、みたいな?

Y:そう。鍛冶屋は鍛えるものをトンカチで何度も何度も繰り返し叩くんだけど、叩く位置というのは毎回すごく正確なんだ。そうすると当然、腕の関節の運動中の角度変化も毎回正確に繰り返されてるだろうと思ったら、調べてみると実はかなりバラバラだということがわかったんだ。なぜだろう?

S:なぜでしょう?

Y:各関節がお互いに関係なくバラバラに角度変化したら、ハンマーの位置はめちゃめちゃになるはずだよね。ところが、ハンマーの位置が変わっていないということは、ある関節の角度がズレても、ほかの関節の角度がズレを吸収する方向に変わることによって叩く位置を一定に保っていたということになる。これはつまり、冗長な上肢の関節の動きがバラバラではなく、「協調」して変化することで目標が実現されているということ。逆に言えば、協調性がある系では、制御にはやっかいなはずの冗長性が生きるんだよ。「協調」が重要であることを強調しておきたい。

S:オヤヂギャクですか。

Y:さて、では、この「協調性」をどうやって評価しようかという問題が出てくる。冗長かどうかは変数の数で定量的にわかる。それに対して、協調性は数値で計ろうと思っても、ちょっとつかみどころがないよね? そこでこの協調性を定量的にはかる方法と登場するのがUCM解析なんだ。

S:そこにつながるわけですね。納得です。ラタッシュ先生ってすごいですねぇ。

Y:ホントすごい人だねぇ。というわけで、次回はいよいよ本題、UCM解析の話に突入。

S:なるべく早く更新しましょう(笑)。


※今回の話の理解には、次の文献が役にたつと思います。
 ちなみに、この章の訳者はY田研究員です。


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