Y田研究員:さて、ここまでメンバーが2人、ということで話を進めてきました。つまり、2自由度あるいは2次元に限定してたってことね。この例の場合、メンバーが1人でなく複数の場合には自由度数が「冗長」になるので、音量の調節は簡単にはいかなくなる。各自由度(メンバー)が勝手な動きをしたら、望みの結果は得られない。でも、自由度の間に「協調」があれば、それほど困らなくて済むし、うまくゆけばお互いに助け合うような動きで良い結果を得られる。この「協調性」っていうのは掴みずらいものなんだけど、ひとつの方法としてUCM解析で見ることができるって話しだったね。複数のなかで一番簡単な2自由度の場合でも、UCMによる協調性解析の大枠の説明はできたかなと思う。
S銀研究員:はい。大まかに何をやろうとしているのかはわかったような気がします。
Y:念のため、もう少し詳しく復習してみようか。この例の場合、一発叩いただけでは協調性の有無がわからないので、多数回の試行の結果を見ることが必要。最初、各メンバーの動きと結果の動きを、時系列のグラフに書いてみたよね(「その4」参照)。さらに進んで、これを位相面で見るのがポイントだね。時系列でなくて、各メンバーの値を縦軸と横軸にしたグラフね(「その5」参照)。
S:書きましたね、そういうグラフ。
Y:今回はメンバーが2人だから2次元の「位相面」だけど、メンバーがn人なら「n次元の状態空間」ということになります。グラフに描けるのは2次元か、がんばっても3次元までだけどね。今回の2次元のグラフでみると、グラフ上の点のバラツキ方が問題になる。グラフの形から協調性を大まかに見ることができた。
S:丸く集まってたものは協調性が小さくて、細長く分布していたもののほうが協調性が高いということですね。
Y:確かに今回の例ではそんな感じのグラフになったけど、「細長い方が協調性が高い」というわけでは無かったよね。形は同じで90度回転させたグラフを作って検討したでしょ(「その7」参照)。「集まっているか」「広がっているか」が問題ではない。「どっちの方向に広がっているか」が問題。
S:そうでしたね。
Y:どっち方向にどれだけ広がっているか、そのバラツキの程度を計算で求めてみたよね。協調性の数値化。バラツキを分散として計算した。そしてこの式がポイント。UCM解析の肝と言っても良い。
全体の変動Vtotを、結果に影響しない成分 Vucmと影響する成分Vortに分解する。そうしておいて、VucmとVortの大きさの違いを比較するわけだけど、単なる引き算だと、例えば計測単位が違うとVの値も違うものになってしまうので、Vtotで割って正規化する...というふうにΔVを計算する。
このΔVの値から協調性が読み取れて、ΔVが大きい場合には協調性アリ、小さい場合には協調性ナシということになる。今回の例題のような、2次元の場合であれば、
という範囲を取りえるんだけど、前にも言ったけど、−1というのは普通あり得ないケースで、実際には協調性のない場合ってのはゼロ付近になる。
S:その辺は覚えてます。
Y:ところで、 VucmとVortを計算するのに、全体の変動のベクトルDをUCM方向とORT方向に分解した(「その8」参照)。そのとき、UCM方向の単位ベクトルZucmとそれに直交するZortを使ったわけだけど、この2つのベクトルはどうやって求めただろう?覚えてるかな?
S:はて?その辺は記憶が薄いですね。グラフの目盛りから読み取ったこともあったような気もますが・・・。
Y:あとのときは「等音量線」の傾きから求めたかな。そしたら今回はもう少し一般化した方法でやってみよう。全体を足し合わせた音量をSとして、それぞれのプレイヤーの音量をP1、P2とすると、こう書けるよね。
そのバラツキをΔSとすると、右辺はどう書けるかな?
S:えーと・・・。
Y:じゃあ、もう少し丁寧にやってみよう。例えば7回目のP1をP1(7)、P2をP2(7)、SをS(7)。8回目のP1をP1(8)、P2をP2(8)、SをS(8)としたら、ΔS=S(8)−S(7)はP1、P2を使ってどう書けるだろう?
S:そうすると、S(7)=P1(7)+P2(7)、S(8)=P1(8)+P2(8)なので・・・
これを展開して・・・
ここでΔP1=P1(8)−P1(7)、ΔP2=P2(8)−P2(7)とおくと、
となりますね。
Y:そう。両者の変動の和が合計の変動、という当たり前の関係ですね。その式を行列の積を使って、こんなふうに書くこともできるよね。
Tは転置ね。行と列を入れ替えた行列を意味する記号。今回は2次元の話しなので、上の式はベクトル(1, 1)と(ΔP1, ΔP2)の「内積」と思ってもらってもいい。つまり、転置なしで、そのかわりに内積の記号を中点(・)で表すなら、
S:ヤコビアン!?
Y:そう。ヤコビアン、ヤコブ行列ってやつ。この言葉の一般的な意味は詳しく知らないけど、ここでは「入力の微少な変化とそれに対応する出力の変化を対応づける行例」ぐらいの意味で理解しておけば良いと思う。これを使うと方向が簡単に求まる。というか、この場合、これがもうORT方向そのもの。
S:おぉ!
Y:さて、これで(1,1)がORT方向だとわかったとして、UCM方向はどう求めるんだったかな?
S:えーと、ORT方向のベクトルをHort、UCM方向のベクトルをHucmとおけば、直交するベクトルは内積がゼロになるので、
内積の計算方法を忘れたので本を調べて・・・っと(汗)。えーと、Hucmの要素を(a,b)とすると・・・
したがって、仮に a=1 とするなら・・・
ですね。
Y:では、そこからそれぞれの方向の単位ベクトルを求めてみて。
S:えーと、
でっと...
Y:それ、間違ってる。単位ベクトルだから大きさが1でないといけない。
S:おっと。そうでした。そうすると、
ですね。
Y:そうだね。正解が1通りで無いことはこの前(「その8」参照)説明した通りだけど、今回は同じ答えになったね。さてと、今までの例は、2つの入力値、つまり2人のメンバーの音量を単純に足したものが、出力値、つまり合計の音量になる、とうい話しで進めてきた。でも、必ずしもそんなに簡単なケースばかりではないよね。たとえば、ちょっとだけひねって、入力値が「太鼓の音量」でなくて「太鼓を叩く強さ」だとして、メンバー2の太鼓は同じ強さで叩いてもメンバー1の太鼓の倍の音量が出るとする。そうすると、S = P1 + P2の代わりに、S = P1 + 2・P2みたいな関係になる。この場合はどうなるだろう? 協調性を見るためのグラフはすぐに書けるかな?
S:うーん?片方が2倍・・・さっきのグラフからどっち側に傾くんだろ?
Y:ちょっと慣れてくるとグラフを描くのもそんなに難しくはないけど、実はさっきのヤコビアンの式を使うと、グラフを書かなくてもわかっちゃうんです。そして、グラフを使わない方法の方が、自由度の数が増えてグラフが使えない時にも便利だったりする。このときのΔSの式は?
S:えーと、S=P1+2・P2 なので・・・
ということは・・・
と書けて、そうするとORT方向のベクトルはHort=(1,2)!
おおー!すごい!
Y:それじゃあ、そこからそれぞれの単位ベクトルを求めてみて。
S:Hucmの要素を(a,b)とすると、
したがって、仮に a=1 とするなら、
Y:それでもいいけど、計算しやすいように倍にして、
ぐらいにしときますか。一応、内積がゼロになるかどうか検算してみて。
S:はい。では・・・
というわけで、内積がゼロになるので間違いなし、と。
Y:じゃあ、単位ベクトルを求めてみよう。
S:ZortはHortをHortの大きさで割ってあげればいいから・・・
Y:そう。こんなふうに、グラフを書かなくても方向ベクトルが求められるわけ。ベクトルに慣れると、こっちのほうが簡単。で、この2つの単位ベクトルとの内積をとると、全体の変動をUCM方向とORT方向の変動に分けることができて、それぞれの方向の分散がわかる。結局ΔVが求められるわけ。
S:おおー!すごい!
Y:でもね、...
S:まだあるんですか?
Y:今までの例だと、目標音量が一定値ということだったでしょ。合計音量20という話しで進めてきた(「その4」参照)。でも、運動制御全般で考えると目標値が常に一定とは限らないよね。まして太鼓の例なんだから、一定音量のままだと音楽になんないでしょ。
S:いやもう、そういう音楽ってことにしときましょうよ。ありそうじゃないですか、前衛音楽とかで、1時間ぐらいずっと一定音量で叩く、叩く、叩き続ける...
Y:S銀さん、そいう音楽聞きたい?
S:聞き...
ナレーション: 「聞きたい」と言ってUCMの話を終わらせようと思ったS銀の脳裏に一抹の不安がよぎった。「もしかして実際にそんな音源を持っていて、『聞きたい』というと聞かされるのでは...。いや、たとえ持っていなくても、Mac付属のGarageBandでこの場で作ったりしないだろうか...」
Y:聞いてみたい? トランス状態と音楽の関連ってさ....
S:いやいや、全然聞きたくないです!
Y:あ、そう? じゃ、次回は目標値が変動する場合の話をしましょう。そこまでで一応の区切りになるかな。